『破戒』の主人公・丑松が穢多であることの告白を躊躇する心情について考えた

現代では考えにくい、被差別部落の問題が昨今話題になった。ブラック企業と名高い、ある引っ越し業者では、幹部になるためには被差別部落出身者への差別意識を共有させられ、そこへの就職にも影響を及ぼしているという事実が浮かび上がったからだ。もし、希望する会社に、自分の出自が知られた場合に就職できないと知ったならば、当事者は必死にそれを隠すだろうことは想像に難くない。このように、この『破戒』における自分が穢多であることを告白することを躊躇する丑松の心情は、現代でも起こりうる事例なのである。

 主人公の丑松は自分の身の上に穢多であることの不都合さが起こらなかった時には、自分が穢多であることを忘れたかのような教員生活を送っている。すなわち父親の教えとしての「穢多であることを隠せ」という言葉を強くは意識することなく生活していた。これは、彼が明治という時代、すなわち新しい身分制度に変わった時代が到来したことを信じていたことの現れかもしれない。しかし、明治政府によって新平民となった穢多の人々の生活は、それ以前と何も変わらなかったに違いない。なぜなら彼らの周りの「世間」が何一つ変わらなかったからだ。丑松はその事実を、ある一つの事柄によって、まざまざと見せつけられることとなる。

それは、穢多という身分が「世間」に知れ渡ってしまった大日向という登場人物による。丑松は、大日向の住む下宿先でも、彼が通う病院先でも彼が差別を受けているという衝撃的な事実を目の当たりにさせられたのだ。「穢多」という身分が「世間」に知れたとたん、その人の人権が社会的に保証されなくなるという事実。彼は、自分と同じ「穢多」という人間の扱われ方を見て、「世間」からの穢多に対する冷たい扱いが痛いほどわかってしまったのだ。その自分も差別を受けるに違いないという確信から、それ以来彼の心に大きな変化が起こり、丑松は自分が穢多であるという事実を必死に隠さなければならないという呪縛にとらわれるようになってしまう。さらに父親の死により残された「絶対に穢多であることをばらしてはいけない」という最期の一言が、彼をより一層縛りつけることとなる。

こうして「世間」と直に触れた丑松は、自分という人間について逡巡を始める。一度差別を恐れ、自分の出自を隠そうとすると、心配が心配を呼ぶようになり、今までの自分の言動に対する後悔も同時に始まる。

こうして丑松をはじめとして、血筋である彼の父親、同じく穢多の社会活動家の猪子蓮太郎や穢多の妻を迎えた政治家の高柳利三郎も、この目に見えない敵とも言える「世間」と各々やり方は違うにしろ、戦い続けなければならなかった。では、この目に見えない「世間」とは一体どんな敵なのだろうか。

 教師である丑松には、穢多の身分を隠し続けなければならない確固たる理由が生まれた。もし「世間」にこの事実がしれてしまったら天職である教師という職を追われる可能性が示唆された。さらに、彼が穢多だと彼の周囲の人間が知ることで、その周りに与える影響の大きさまでも、彼は思い至っていたと考える。それは穢多である自分と親しくしてくれていた人たち、穢多である教師に教えを乞うていた生徒にたいする「世間」の目である。

しかし、彼の行動は専ら、自分の身が穢多だとばれてもいいかのような振舞を続ける。穢多だと知られていない彼は、「世間」から信頼を勝ち得ていた。彼の友人からも、彼の生徒からも、彼は間違いなく人格者として扱われていたのだ。

だからこそ彼はこの「世間」を信じたかったのかもしれないと考える。自分が穢多だとばれたとしても周囲の見る目は変わらない可能性があることも、考えていたのかもしれない。少なくとも友人である土屋銀之助には、その期待を大きくしていたのではないか。だからこそ「我は穢多なり」という文句で始まっている猪子蓮太郎の最新著作『懺悔録』を彼に見せろと言われ、彼に微笑みながら渡し、彼から猪子蓮太郎を崇拝しているとまで言わしめても、否定することなく、笑顔を返す。これは、丑松が穢多である猪子蓮太郎を信奉し、彼の思想を支持していると日頃周囲に話している彼の行動からも垣間見える。

さらに穢多である生徒の仙太がテニスラケットを握ったとたん、だれもダブルスを組むものが出ず、そんな仙太を周りは冷笑している中で、丑松は駆け寄り一緒にダブルスを組み試合をする。

これらの事実により丑松が人格者であると、「世間」である周囲の人々が考えただけの土壌を養ったとも言えるが、これらの彼の行動一つ一つが、彼が穢多であることを疑われても仕方がない内容であり、彼はそれを軽率に行っている。

すなわち彼は必死に穢多であることを隠そうとはしていないと考えてもおかしくはない。頭ではそう考え、父親からの呪縛を感じていたのかもしれないが、心はそうは動いていないからだ。

さらに、彼が穢多であるという噂が出た後ですらも同様の行動をとっている。自分の出世の妨げである丑松が穢多であることを証明して追い落とそうと考えている同僚教員の勝野文平に、猪子蓮太郎が穢多であることを揶揄された時も、蓮太郎を土屋銀之助も含めた多くの人々の前で猪子蓮太郎を庇う。このことにより勝野文平はかれが穢多であることを確信するが、二の句が告げられないほどの穢多を庇う演説を丑松は行うのだ。

この丑松の行動は差別から逃げ隠れいている人間像とは対極にあるようにしか思えない。穢多であることがばれないためにも、部落民への誹謗に同調してもおかしくないほどの父親からの呪縛であったにもかかわらず、丑松はただの一度もそうした行動に出ていないのである。

これは、自分が例え穢多であったと周囲の人間が感じたとしても、それ以上に自分の真実を見てくれると、丑松が性善説に立とうとしていたからではないだろうか。それまでにも、親友の銀之助からですら「穢多はみればわかる」などと、同じ人間に対する言葉とは思えないような大きな誤解を感じ取っていたからだ。それが、過ちであることを丑松は自らの身体を持ってして証明したかったのではないだろうか。

 けれども実情は、父の呪縛からか、同じ穢多である猪子蓮太郎にすら自分が穢多であるという事を打ち明けられない。丑松はこれまで普通の人間として通ってきたのだから、自分が穢多であると考えたくないと思うようになっていく。さらに、これからの将来も普通の人間としていたいが、今までそれを誰にも言えなかったことへの弁解を考えると、どうして言えなかったのか自分でわからなくなっていき、猪子蓮太郎にすら隠しているという事実を、自分の良心が許さなくなっていく。

しかしそうまで思っても、なかなか丑松は言えない。それどころか自分が大事にしていた猪子蓮太郎の本を丑松のものだったとばれないように名前を消して古本屋で処分したりして、必死に「世間」に知られることを拒んでいく。彼のこの逡巡する様からこの問題の奥深さが読み取れる。

 けれども、唯一自分が穢多であることを知って欲しかった猪子蓮太郎の死によって、彼の心は決まっていき、自分が穢多であるということは「世間」によって受け入れられるに違いないと信じたくなっていった。なぜなら、猪子蓮太郎は新平民らしくありのままに素性を公表して歩いても、それでも人から請われ、すべて許されていたからだ。こうして、穢多であることを伝えたかったのに、そうできなかった同じ身分の猪子蓮太郎の死が、彼を変えた。それは同じ新平民の先輩にすら、告白を躊躇したことで、まして「世間」に自分の素性を暴露するという、今までなら思いもよらぬ思いに至っていく。

こうして一度、告白を決意し、真の新平民に生まれ変わろうとした丑松の周りには、今までにない空気がみなぎっていく事となる。そして、生徒の前で土下座という形で今まで隠していたことに対する謝罪という告白の日を迎える。

では、いったい丑松は誰に詫びたのか。

ここまで考えてくると、彼が差別社会に膝を屈して、穢多である自分を隠して「世間」に紛れてしまったことを詫びたとは考えづらい。告白の中に出てくる「卑賤しい穢多」の頭には、「今までの世間の考えでは」という言葉が丑松の中に浮かんでいたと考えられる。なぜならずっと丑松は、穢多は不浄であると言われることに憤りを感じ、穢多の生まれであることで軽蔑される道理はないと意気込んでいるからだ。そして、自分もこの「世間」の一員であり、自分も他の人間と同じように生きていく権利があることを切に感じとっていたからだ。

 丑松は告白で詫びているが、それは教え子たちに、である。周囲の人間が穢多であることを一番に気にしている大人たちにではない。

これは丑松が、自分が穢多であることを話した時に、差別するだろうと生徒を決めつけてしまっていたことに対しての謝罪を行ったとも考えられる。すなわち、精いっぱい誠実に生き、教え子の幸せを考えて教育してきたにもかかわらず、その教え子を信じ切れなかったことに対する謝罪だと考えられるからだ。もし、そんな自分を教え子から受け入れられないとして追放されることがあるならば、それも自分がしてきた教育の結果であり、生徒の罪も自分の至らなさとして受け止め、自分で責任をとる道を選ぼうと考えたに相違ない。これにより丑松は「これからの時代を作るのは、この教え子たちなのであるから、彼らに自分の思いを託したい」と考えたと、考えずにはいられない。

そしてこの小説は丑松が自ら学校を去る日に、彼を見送りに来る生徒によって、丑松は救われるのだ。これこそ、この物語の読後感を決定づけるものだと考える。

この物語はいつの時代の「世間」にも問いかけている。「世間」とはまさに私たちである。この小説は、私たち世間は人格者である丑松を穢多であろうがなかろうが受け入れることができるのか否か問いているのだ。これは現代にもまさに通じる問題である。肌の色、目の色、髪の色が違うという目に見える違いだけでなく、生まれたところなどによる差別を私たちはどう考えていくのかという問いである。

すなわち、心から受け入れられる程の「世間」に許容力があるのかを問いているのだ。だからこそこの物語は、丑松が、私たち「世間」を性善説と捉えられるようになるまでの、葛藤の物語だと考える。






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